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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)2024号 判決

上告人

福田文男

上告人

株式会社福兆

右代表者代表取締役

福田文男

右両名訴訟代理人弁護士

矢野弦次郎

中東孝

大西淳二

被上告人

日本ハウジングローン株式会社

右代表者代表取締役

河原昇

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人矢野弦次郎、同中東孝、同大西淳二の上告理由一について

互いに主従の関係にない甲、乙二棟の建物が、その間の隔壁を除去する等の工事により一棟の丙建物となった場合においても、これをもって、甲建物あるいは乙建物を目的として設定されていた抵当権が消滅することはなく、右抵当権は、丙建物のうちの甲建物又は乙建物の価格の割合に応じた持分を目的とするものとして存続すると解するのが相当である。けだし、右のような場合、甲建物又は乙建物の価値は、丙建物の価値の一部として存続しているものとみるべきであるから、不動産の価値を把握することを内容とする抵当権は、当然に消滅するものではなく、丙建物の価値の一部として存続している甲建物又は乙建物の価値に相当する各建物の価格の割合に応じた持分の上に存続するものと考えるべきだからである。これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下において、上告人福田文男は、旧建物(一)及び(二)間の隔壁を除去する等の工事によりこれが本件建物となった後に所有者から右建物を賃借してその引渡しを受けたとしても、旧建物(一)及び(二)を目的として設定され登記された抵当権の権利者に対し、自らの本件建物の賃借及びその引渡しが右各抵当権の設定及び登記に先立つものである旨主張することは信義則上許されないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫)

上告代理人矢野弦次郎、同中東孝、同大西淳二の上告理由

一、原判決は法令解釈を誤った違法があり、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

すなわち、原判決は対等の関係にあった旧建物(一)、(二)が合体して本件建物の構成部分となったものと認めるのが相当であると判断しながらも、旧建物一、二に別債権者のため設定されていた抵当権は、合体により旧建物が構成部分になっても、旧建物相当分につき存続すると判断している。

本来物権の客体は独立の物であることを要し、物の一部、構成部分については、物権の客体となりえないのであるから、旧建物が本件建物の構成部分となり、独立性を喪失した以上、旧建物に設定されていた抵当権は当然消滅すべきと考えるべきであるにもかかわらず、原審は単に「抵当権が消滅すると解すべきいわれはなく、本件建物に移行して……存続する」と判断しているのであって、いかなる理由により一物一権主義を破り、構成物に抵当権を認めるのか全く判示せず理由不備の違法があり、著しく法令解釈を誤った違法がある。

一物一権主義は構成物に一つの物権を認める社会的必要性の欠如及び公示の困難性による取引の安全性から導かれるものである。

(1) 構成物に物権を認める必要性が本件においてあるかという点につき考えるなら、被上告人らは、上告人と訴外小松との賃貸借契約以前に、合体後の建物につき新たな登記をなすことは十分に可能であったのであり、抵当権者を保護するため、構成物に抵当権が存続すると解するしか方法がないというものでない。

訴外小松が旧建物(一)、(二)を購入したのは、ほぼ同時期であり、被上告人及び訴外住宅総合センターに不動産購入のため融資申込をしたのもほぼ同時期である。

そして右貸付の審査として、取得不動産の利用目的等や現物を調査し、貸付をなすことは経験則上明らかである。

右審査において、被上告人は訴外小松が旧建物(一)、(二)を使用しスーパーマーケットを経営しようとしていることは十分に了知し若しくは了知しえたのであって、旧建物(一)、(二)に隔壁のみならず大幅改修のなされることは十分に知っていたか若しくは推測が極めて容易であったのである。

そうであるなら、この段階において合体後の建物につき新たな所有権保存登記をなし、その後抵当権を設定することも可能である。

さらに訴外小松は昭和五六年一二月に兵庫県から旧建物(一)、(二)につき差押がなされており、相当以前から公租公課等を滞納していたことがうかがわれる。

被上告人らへの住宅ローンの支払いも遅れがちであったことは十分うかがわれ、訴外小松への債権の取立、連絡等なしていたのである。

その際、旧建物の現状も十分把握していたのである。

すなわち被上告人らは、融資の段階あるいは、上告人が賃借する以前に旧建物の合体を十分に了知若しくは了知することが可能であったのであり、そのための債権保全をなすことも容易であったのである。

原審は各競売手続における執行官の現況調査によって初めて旧建物の構造上の変化が対外的に顕在化したと判断するが、前述のことを考えれば、右判断は経験則に反するものである。

このように被上告人において登記上の手続が容易であるにもかかわらず、放置していたのであって、抵当権者を保護しなければならない必要性すなわち一物一権主義に反し、構成物に物権を認めなければならないという社会的必要性はないものである。

(2) さらに構成物に抵当権を認めることは取引の安全性からも大いに問題である。

原審は、「登記制度として……反映する登記手続が予定されていないけれども……右の実体に消長を及ぼすものでない……。」とする。

すなわち登記手続がないからといって、実体的権利の有無は影響されないとするのである。

確かに登記簿上の所有者が真の所有者であるとは限らず、実体的権利関係が必ずしも正確に登記簿上反映されているものではない。

しかし一物一権主義は、取引の安全性のため手続面における登記手続等の有無を考え、実体上の権利を認めるか否か判断され、その結果構成物に一つの物権を認めないのである。

構成物等の公示方法のないもの、あるいはその公示方法の困難なものは、取引の安全を害し、ひいては法律関係を錯綜させることになるため、物権の客体となりえず、実体的権利も認められないのである。

実体的権利関係が登記手続等の手続法に影響されているのではなく、実体的権利の客体として取引安全性の面から、公示方法を考え不動産の構成物に物権を認めないのである。

原審は右の点についても解釈を誤っている。

二、又、原審は民法第一七七条の対抗要件についても、法令解釈を誤っている。

原審は、上告人は「登記のないことを信頼して新らたに取引関係に入ったものとみることができない」として抵当権の登記なくして対抗できるとする。

しかし、登記なくして対抗しうる場合、即ち、第三者が背信的悪意者の場合とは、不動産登記法第四条、五条により、登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限る」とされている(最判昭和三一年四月二四日(民集一〇、四、四一七))。上告人は、右のような信義に反する背信的悪意者でない。

確かに上告人は本件建物賃借後、改造工事を行なったが、上告人が賃借当時、既に、旧建物(一)、(二)は完全に合体してしまっており、本件建物の構成物になってしまっていたのである。

原審の認定するとおり、賃貸する当時、既に旧建物(一)、(二)の一、二階の隔壁及び三階の隔壁の一部は撤去され、当初あった階段はなくなり、新たに西側に階段が設置され、出入口等も既存のものはなくなり、新たに設置されていたのである。

そして、旧所有者は一階をスーパーマーケットに二階を居酒屋として使用し、建物は完全な一体としてしまい、既に旧建物(一)、(二)は構成物となっていたのである。

上告人の改造は、既に合体し一体となった建物を事務所として使用するため、主に内装関係についてなしたにすぎない。

上告人が本件建物の合体工事をなし、被上告人らの旧建物(一)、(二)の抵当権に影響をあたえたというのであれば、対抗要件の欠缺を主張することは信義に反するであろうが、そのようなものでないことは原審の認定する工事内容からも明らかである。

原審は、上告人が旧建物(一)、(二)の合体により、本件建物となったことを知っており、更には、旧建物(一)、(二)に各抵当権設定登記のあることを知りうべき状況にあったとする。

背信的悪意者は単なる悪意者では足らない。

本件建物が合体によるものであることを知っており、更に旧建物につき、抵当権設定登記の存在を知り得べき状況にあったからといって、これだけで背信的悪意者とはいえない。

右主観的事情に加え、さらに上告人が前述の合体工事をなしたという事情が付加されるならば、信義に反するであろうが、前述のとおり合体工事をなしたのではない。

それよりも、被上告人らは、既に述べたとおり、わずかな注意をすれば、旧建物の抵当権設定時あるいは賃借権設定時に容易に合体後の建物に抵当権を設定しえたのであり、それにもかかわらず放置していたのである。上告人の悪意性はほとんどなく、あるとすれば合体後に改修工事を施しただけであり、反対に被上告人においては、容易に合体後の建物に新たに抵当権の設定をなしうるにもかかわらず、放置していたのであってその要保護性も強度なものでない。

右比較考慮しても、上告人を背信的悪意者と認定することはできず、原判決は重大な法令解釈違反があり、破棄を免れない。

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